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函館観光

函館の名所・観光地の紹介

縄文〜中世時代

北海道道南の縄文〜中世時代の観光地をご紹介。

12件あります

函館市 縄文文化交流センター

国宝の中空土偶

函館市南茅部地域は、資源豊かな海と山に囲まれ、縄文時代早期から晩期にかけて約7…続きを読む

函館市南茅部地域は、資源豊かな海と山に囲まれ、縄文時代早期から晩期にかけて約7千年 もの間、連綿と縄文文化が栄えていました。発掘された遺跡からは、当時の人々の暮らしを物語る貴重な遺物が多数出土され、常設の博物館としてそれらが展示されています。最大の見ものは、全長40センチを超える国内最大級の中空土偶(国宝)で、造形的にも優れ、紋様や姿かたちからも高い精神性と芸術性を感じられるものです。'75年に農作業時に発見され、'79年に重要文化財に指定、その後国宝に指定されました。その他狩猟や生活に使われた器具や道具など、南茅部の縄文遺跡から出土した土器や石器を常設で展示しています 閉じる

入場料 一般300円 学生・生徒・児童150円
TEL 0138-25-2030
開館時間 09:00〜17:00 11月〜3月 09:00〜16:30
駐車場

大船遺跡 大船遺跡〔おおふねいせき〕

大船C遺跡

縄文時代中期(約5,400~4,100年前)を中心とした大規模な集落跡です。約100軒ほどの…続きを読む

縄文時代中期(約5,400~4,100年前)を中心とした大規模な集落跡です。約100軒ほどの竪穴式居住跡が見つかっており、集落全体では約600軒に上ると見られている。青森県の三内丸山遺跡とは同じ文化圏として交流があり、多くの出土品や埋葬品から日本の文化社会の根を担ったとも言われている。1996(平成8)年に行われた発掘調査で注目され,2001(平成13)年には国の史跡に指定されました。竪穴住居跡の規模が非常に大きく、かつ密集しており、地中にはさらに多くの住居跡の存在が推測されることから、現在は世界遺産への登録申請も進められている。道南には、これ以外にも函館空港の滑走路の下に埋もれてしまった「中野B遺跡」などが発見され、これは約8000年前の遺跡で、住居跡は600以上と大型のものである。函館空港に一部スペースで展示されている。
また近くに、国内最大級の中空土偶が見られる「縄文文化交流センター」がある。 閉じる

入場料 見学自由
TEL 0138-21-3472
駐車場

志海苔館跡〔しのりたてあと〕

丘の上に立つ志海苔館跡

志苔館(しのりたて)は、函館市の東海岸沿いにある中世の城館跡で、国の指定史跡。…続きを読む

志苔館(しのりたて)は、函館市の東海岸沿いにある中世の城館跡で、国の指定史跡。小林氏によって築かれ たとされる道南十二館のひとつで、中国の銅銭が大量に出土したことで「北海道志海苔中世遺構出土 銭」として国の重要文化財に指定され、市立函館博物館に所蔵されている。室町初期、道南には本州から流れてきた豪族の館が十数カ所あったと言われている。小林良景氏の志海苔館もその一つ。アイヌとの二度の戦いで陥落したと伝えられ、今では土塁を残すのみである。 閉じる

TEL 0138-21-3463
駐車場 有 近くの志海苔ふれあい公園を利用する。

勝山館跡〔かつやまたてあと〕

夷王山勝山館跡1

国指定史跡・勝山館は、後の松前氏の祖である武田信広が、15世紀後半に築いた山城で…続きを読む

国指定史跡・勝山館は、後の松前氏の祖である武田信広が、15世紀後半に築いた山城で、16世紀末頃まで武田・蠣崎氏の日本海側での政治・軍事・北方交易の一大拠点でありました。
現在も継続中の発掘調査により、瀬戸・美濃焼・中国製青磁などの5万点をこえる国内外産陶磁器や金属製品、木製品など10万点余りの出土品、建物・井戸・空壕・橋などの跡が多数見つかり、館内での様々な暮らしぶりが、よみがえりました。
さらに、近年、調査・研究で明らかになってきた城下町と併せて「中世都市」と呼ぶにふさわしい景観が見えてきました。

また、もっとも注目すべきことは、当時アイヌの人々が使っていた500点余の骨角器が出土していることです。中世史研究の第一人者網野善彦氏は「この館にアイヌと本州人が混住していたことはほぼ明らかといってよいのではないだろうか。」(「日本海と北国文化」「北国の社会と日本海」小学館刊)と述べている。興味尽きないテーマを与えてくれる史跡です。
日本海北方交易や中世の生活様式を知ることが出来、「北の中世」を語ってくれる重要な史跡として、中学校、高校の日本史の教科書などに紹介され、近年大変な注目を浴びています。 閉じる

入場料 大人200円 子供100円
TEL 0139-55-2400
開館時間 10:00~16:00
駐車場

江差 姥神大神宮〔うばがみだいじんぐう〕

江差姥神大神宮

創立年代は、言い伝えでは約560年前の文安4年(1447年) に折居姥の草創とされていま…続きを読む

創立年代は、言い伝えでは約560年前の文安4年(1447年) に折居姥の草創とされています。津花町より現在地に移転したのが正保元年(1644年)。文化14年(1817年) には正一位姥神大神社宮号を勅許された北海道最古の神社です 閉じる

TEL 0139-52-1900
駐車場

北方民族資料館

昭和元年に建てられた日本銀行函館支店を再利用した、重厚な外観。アイヌの生活用具…続きを読む

昭和元年に建てられた日本銀行函館支店を再利用した、重厚な外観。アイヌの生活用具コレクションは国の重要有形文化財に指定。函館博物館旧蔵資料や人類学・考古学・民俗学の馬場コレクションや児玉コレクションもある。 閉じる

入場料 入場料300円(共通券あり)
TEL 0138-22-4128
開館時間 9:00〜19:00(11月〜3月17:00迄)
駐車場 有 市営

上ノ国町 上国寺〔じょうこくじ〕

上国寺本堂

上國寺本堂は、国指定の重要文化財。開基を嘉吉3年(1443)と伝える北海道有数の古…続きを読む

上國寺本堂は、国指定の重要文化財。開基を嘉吉3年(1443)と伝える北海道有数の古刹(こさつ)。北海道では最も古い寺であり、宝暦七年(1757)か八年(1758)の建立。当初は真言宗に属し、江戸時代中期より浄土宗に改宗され現在に至っている。北海道では、数少ない貴重な仏堂建築です。 閉じる

TEL 0139-55-2665
駐車場

上ノ國八幡宮

上ノ國八幡宮1

文明5年(1473)武田信広が勝山館内に館神として創建した社で、北海道神社史上貴重…続きを読む

文明5年(1473)武田信広が勝山館内に館神として創建した社で、北海道神社史上貴重な存在です。
本殿は明和7年(1770)の建立で北海道内に現存する神社建築では最古に属する。
明治9年現在地に本殿を遷しました。伝説大蔵鰊の若宮社を合祀しています。
松前家13代道広、14代章広の書が社宝として伝えられているほか、福井特産笏谷石製の狛犬が社殿奥深く祭神を護っています。 閉じる

TEL 0139-55-2121
駐車場

茂別館跡〔もべつだてあと〕

茂別館跡の発掘調査

国指定史跡。津軽の豪族・安東氏は、鎌倉時代後期から津軽十三湊にあり、日本海の海…続きを読む

国指定史跡。津軽の豪族・安東氏は、鎌倉時代後期から津軽十三湊にあり、日本海の海運を支配していた。また大陸との交流もあったようだ。15世紀初めに新勢力の南部氏に攻められ十三湊を放棄し、蝦夷地の道南に渡り、時に道南の12館が造られていく。のちに安東政季、茂別(下国)家政が守護していくが、1457(長禄元)年5月、コシャマインの乱の時、道南の10館は相次いで攻め落とされてしまう。しかしこの茂別館と上ノ国町・花沢館だけが館の強固さから要塞としてのこった。
 茂辺地川左岸の標高約34m程の丘地の南端に位置し、南の大館、北の小館からなり、自然の沢で区画されています。現在、南の大館とは矢不来天満のことで、城趾は矢不来天満の境内となっている。 閉じる

TEL 0138-73-3111
駐車場

花沢館跡〔はなざわたてあと〕

花沢館跡

15世紀ころ和人・渡党(わたりとう)と称される本州系の人々が北海道南部への進出…続きを読む

15世紀ころ和人・渡党(わたりとう)と称される本州系の人々が北海道南部への進出の拠点として築いた道南12館といわれている館のひとつです。
この頃の渡島半島は津軽の安東氏が「下之国」(上磯~函館市付近)、「松前」(松前町を中心とした地域)、「上之国」(上ノ国町を中心とした地域)に守護(その地域の支配を任された人)を置いて支配していました。下之国の守護は上磯茂別館に、松前の守護は松前大館、上之国守護は花沢館にいたといわれています。
本道最古の記録である「新羅(しんら)之記録」には、花沢館の館主蛎崎季繁(かきざきすえしげ)が長禄元年(1457)のコシャマインの戦いの際にも固く守ったということが書かれています。 閉じる

駐車場

上之国館跡 洲崎館跡〔すざきだてあと〕

洲崎館跡の鳥居

長禄元年(1457)の戦いで功を挙げた武田信広が上之国守護蛎崎季繁の養女である安東…続きを読む

長禄元年(1457)の戦いで功を挙げた武田信広が上之国守護蛎崎季繁の養女である安東政季の娘を妻とし、同年築いた館。その後、信広は地の利と景勝を誇る夷王山の麓に勝山館を築き松前藩300年の基を作りました。近年、中国銭2500枚、中国製青磁、白磁、国産の珠洲擂鉢や人骨が発見されており、建物の柱穴などが多数出土。この館は武田、蛎崎氏が道南和人社会の中で支配者として基礎を固めたところであり、和人勢力の移り変わりを知るための貴重な史跡となっている。 閉じる

駐車場

松前 大館〔徳山館〕

入口付近の徳山大神宮

松前大館は、元々津軽十三湊を本拠として蝦夷地もその領有下としていた安東氏が、南…続きを読む

松前大館は、元々津軽十三湊を本拠として蝦夷地もその領有下としていた安東氏が、南部氏に攻められ、津軽を追われて蝦夷地に渡り、道南の拠点として造られた。しかし渡り党と呼ばれる和人に対し、1457年蝦夷地・原住民アイヌの蜂起が始まり、アイヌの首領・コシャマインとの戦いが激化し、当時12あった館の10館は陥落した。その後安東氏一族の争いやアイヌの攻防もあり、1513年には大館も落城し、上ノ国の勝山館だけが残った。コシャマインの乱を制した武田信広の長男で、知略にたけた蠣崎氏2代の光廣は、1514年上ノ国から大館に移り、徳山館を拠点として蝦夷地の支配を新たに始めていく。1606年(慶長11)に福山館(松前城)に移るまで蠣崎氏政権の拠点となった。現在の徳山大神宮の後方山手にあり、発掘調査はあまり進められていない。 閉じる

TEL 0139-42-2275
駐車場

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